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堂山

全般 △107.5          房総丘陵 
 安房の国三十四ヶ所観音霊場第三番大福寺は、通称を崖の観音といいます。北側に見える山の中腹の崖の
部分には、遠方からでも赤い堂宇が見られます。中には十一面観音像が奉られています。その北側の東西に
横たわる山が堂山です。道の駅枇杷倶楽部が川を隔てた北側にあります。そこからも東西に長い山容が眺めら
れます。別名を船形山といいます。

@ 崖の観音

@那古船形駅から表参道で堂山へ
 2015年の2月からおよそ1年間、崖の堂は修理工事のため拝観できません。
 実は、ここからは登れなくなりました。その点、悪しからず。
 那古船形駅→0.10←小十字路→0.05←駐車場登り口→0.05←観音堂前(→0.10←堂山)

 JR内房線那古船形駅下車。駅前を線路に沿って北へ進み、最初の道路で左へ折れる。大木の植わった庭
が左手にある小さな十字路は直進する。交通量の多い県道に出る直前で右折すると大福寺の表参道になる。
階段の下に駐車場がある。右手奥が本堂で、急な階段を登ると不動堂の前だ。斜面の庭に造られた遊歩道か
らでもいい。
 階段の下にあった駐車場の脇を抜けて下ると、ここにも駐車場がある。この駐車場の奥には、こざっぱりした
公衆トイレがある。車で来た場合は、県道に面したこの駐車場のほうがいい。ここのすぐ西側には諏訪神社の
参道があり、階段を登れば諏訪神社の社殿の前に出る。そこから右手に進めば不動堂の前に出る。諏訪神社
参道階段の途中に、西隣の東京都船形学園の敷地に入れる径がある。救貧、養護の古い歴史を持つ慈善施
設で、裏山の岩壁に大きな磨崖碑がある。風化に弱い岩で、風化したところは最近の修復がなされて、今は一
字がかすれているだけだ。同じ碑文のミニチア版が硬い石に刻まれてその前にある。それでも2メートル近い普
通の大きさの碑だ。別に解説文の看板もある。
 不動堂の前から更に数段の階段を登れば観音堂だ。館山湾−鏡ヶ浦の素晴らしい展望が足下に広がる。
 観音堂の左側には中が坂道のトンネルがあって、その壁面には手摺もついている。坂の上のトンネルの出口
には目の細かい柵が天井まで延びていて、犬猫さえkも通り抜けられない。トンネルの手前の岩の斜面には幅の
狭い階段が彫られている。風化のために段形が丸まっていて、足は乗せられない。更にコンクリートブロックが
積まれ、通行を阻害している。
 トンネルの上部には幅の広い階段があり、折り返して登っている。浸水のため足元はいつも湿潤している。狭
い径になって、草が勝るが、ベンチもある。石祠のところには東へ水平に延びる径が分岐しているがこれには入
らない。急登僅かで、平地に出る。右から左へ廻ったあとの、右手の高まりが頂上だ。この付近では踏み跡が
複数分岐しているが、いずれも薄いものだ。
 三等三角点の標識と石標が並んでいる。展望は無い。尾根筋の東西に踏み跡がある。

A那古船形駅から北側の道で堂山へ
 那古船形駅→0.10←仲尾川橋→0.10←大半津(東電柱福沢172柱)→0.15=0.10←堂山

 那古船形駅から線路に沿って北へ進む。道路は仲尾川橋で線路を跨ぐ。右手には常光寺があり、その門前で
丁字路型に取り付く道路へ左折する。ここには富浦からのバス停大半津(だいはんづ)がある。今度は岡本踏
切で再び線路を西へ渡る。三叉路を左に曲がると大半津の集楽に入る。すぐ左手に小さな標識があって、堂山
と案内される。東電柱福沢172柱。左折してマキの木の小径を進んですぐ又左へ折れる。この径は蒲鉾板より
やや大きい白地に赤い文字の標識が、要所に取り付けられている。登りの時はこれに従えばよい。ソテツ畑の
上からは尾根径だが、急斜面で倒木もある。黄と黒のロープが張られているので、これが径案内にもなる。径が
水平になって西へ僅かで、三角点に出る。西へはまだ径が続いている。
 この径を初めての下りに使う時は、下り始めが急すぎて、この崖でいいのかと思わせる。ロープの色やマーキ
ングに気を付けたい。尾根筋から下るところからは、裏返しの標識を振り返るといい。

◎ 道の駅 琵琶倶楽部

B富浦駅から堂山へ 
 富浦駅→0.10←国道分岐点丁字路→0.10←瀧渕神社→0.20=0.15←堂山
 瀧渕神社→0.10←大半津(東電柱福沢172柱)
 瀧渕神社→0.10←駐車場登り口

 富浦駅はユニークなデザインの洒落た造りだ。駅前北側には類似ながら洒落たデザインの公衆トイレがある。
駅前から西へ進んで、国道に出る。南左に折れる。この国道が再び左東へ曲がるところ、直進する方向は県道
になっている。その僅か先で右手の細い道に入るのは釈迦寺へ行く道だ。そのまま県道を南へ進む。左手に瀧
渕神社がある。かつて大房岬にあったものが、戦時中要塞建設のため、ここに移転したものだ。境内にはユニ
ークな石塔が幾つかある。ここで左折する。
 房総うちわの産地で、その生産所を示す看板が県道にあり、神社と山に挟まれた道路を東へ進む。その入口
に又看板がある。その反対側の山の斜面に踏み跡がある。東電柱原岡404柱の電柱の支線の脇から、最初
は西向きに斜面を進む。すぐに左東へ折り返す。
 その後は尾根筋に忠実な径を緩く登る。左右に展望は無いが、途中北側の木立が僅かに途絶えたところで、
道の駅枇杷倶楽部の建物の方向が眺められる。以前の東京都のマーク−丸点6翼−の石標を見つけたら三角
点が近い。頂上からは更に東側へ、踏み跡が続いている。
 瀧渕神社で県道から東へ曲がり、うちわ工場の先へ直進すると、すぐに三叉路に出る。右に曲がって更に進
むと、左右に民家のあるところで、堂山への案内標識を裏から見る。大半津の登り口だ。標識は那古船形駅方
面からの便宜をはかっている。
 瀧渕神社で県道を直進して、道なりに道路を東へ曲がる。左手に船形学園の玄関を見た東側、諏訪神社の参
道の更に東側、崖の観音−大福寺の駐車場が県道に面している。

C二位山 ○60
 堂山の東のはずれに連なる低い山です。船形城跡の遺構はかなり失われたそうです。
 那古船形駅→0.10←小十字路→0.05←西行寺→0.10←二位山
 那古船形駅→0.10←仲尾川橋→0.10←二位山

 那古船形駅から線路に沿って北へ進み、最初の道路で左に折れる。大木の植わった庭が左手にある小さな
十字路で右折する。道路が右カーブした左手に西行寺がある。本堂を左手から回り、裏手右よりの山に階段が
ある。草や枯れ枝で通りにくいのは日当たりのいいところだけで、すぐに小さな峠状のところに出る。セメント製
の祠がある。右手の尾根筋に薄い踏み跡を求めて登る。途中もう一回、峠状のところを越える。その先に低い
石垣がある。これを登ると、広い車道のカーブ地点に出る。釈迦牟尼を祀ったオブジェが半地下建造物の上に
ある。某教団のもので、大きな香炉の前が広場で、低いながらも周囲の展望はいい。
 仲尾川橋の西側に三叉路がある。ややずれて、道路に面して石張りの門柱があり、急坂を登るコンクリート舗
装道路がある。途中、教団の本部だという建物の脇を抜けて頂上に達する。全線急な坂道だ。入山の時は事務
所に立ち寄って許可を得ること。

◎ 道の駅枇杷倶楽部の裏から岡本川の住人と堂山

D白坂城跡(当代とうしろ城跡) ○75
 那古船形駅→0.10←仲尾川橋→0.10←バス停福沢→0.05←バス停福沢公会堂前→0.10←白坂城跡

 那古船形駅から線路に沿って北へ進む。道路は仲尾川橋で線路を跨ぐ。常光寺の先、白塚橋の袂には江戸
時代の義民忍足佐内の碑がある。次の丁字路を右折、国道を渡るとバス停福沢がある。鋭角の二又は左へ進
むとバス停福沢公会堂前があり、左手に同公会堂がある。
 広い道路に「忍足」私宅の石の門柱が建つ。屋敷の敷地内に入り、家人を訪ねて、承諾を得よう。右端の道路
を進むと谷筋の左岸のコンクリート舗装同を進む。左へVターンしてひと登りで山頂に達する。白坂城跡の石碑
が建つ。周囲は枇杷畑になっている。
 Vターンした箇所、尾根筋を下ると城跡の遺構の井戸がある。

E野高山 ○90
 那古船形駅→0.15←陸橋→0.05←鉄塔群のピーク

 那古船形駅から線路に沿って北へ進む。船形踏切を東へ渡り、長勝寺の前を通る。国道127号線の館富トン
ネルの南側に陸橋がある。この陸橋を登ると全山が枇杷畑、夏蜜柑畑等で覆われた山にコンクリート舗装の道
路が登っている。東電の送電鉄塔、携帯電話の鉄塔(二基)が山頂にある。
 害獣対策のため近々全山金網で囲われることになるだろうとの地元の人の話だった。

F那古山 ○80
 東国観音札所の那古(なご)観音堂の北側は式部夢山周回コースが整備されています。境内の配置とコース
の案内絵看板があります。ここで示したよりも正確な所要時間が書かれています。
 補陀落山那古寺。坂東三十三ヶ所観音霊場第33番。東国へんろ関東八十八ヶ所霊場第56番。安房三十四
ヶ所観音霊場第一番。
 県有形文化財。多宝塔。山門と本堂の中間にあります。方三間、銅版葺き。宝暦11年(1761年)の創建。観
音堂は平成の大修理が平成20年3月頃終了し11月に落慶法要が営まれました。
 F−1 観音堂から潮音台へ ○70
 那古船形駅→0.10←那古寺駐車場前→0.05←潮音台

 JR内房線那古船形駅から駅前を正面へ進む。道路は南向きで、最初の信号機のある交差点を左折する。バ
ス停那古船形駅前がある。線路をガードで潜る。左側の山が大きくなる。
 最初の階段の上を見上げると、左よりに小さな鳥居、右よりに観音堂が見える。この階段を登るのが近道だ。
左側の鳥居は閼伽井の弁財天ものだ。あか井とは仏様にお供えする水を汲む井戸だったそうだ。神社として弁
財天が井戸の守り神として祀られているという。昔は旅人の飲用にもなったという。手押しポンプは壊れてはい
なかったが、水は出なかった。
 階段を上りきったところが日枝神社の前で、右側が観音堂だ。日枝神社の裏手は山の岩壁が迫っている。観
音堂の東側、阿弥陀堂との中間に、山へ登る段径の入口があって式部夢山周回コースの標識がある。
 県道を進んで最初の階段を見送り、道路が右へ曲がりかけたところにも、左へ登る階段がある。ここには那古
観音の看板もある。この階段を登ると仁王門の前に出る。
 県道の更に先で、左へ折れたところが、本堂前の駐車場だ。大型観光バスのほか、車での参拝者が無料で駐
車できるようになっている。本堂の右側には高さが6メーターあるというソテツがあり、その先は千手院というご
本尊千手観音にちなんだ名前が建物に付けられている。左側には納経受付所がある。
 駐車場の北側には公衆トイレがあり、その脇が緩い傾斜の坂道の参道だ。仁王門の前で先ほどの階段から
の道と合わさる。多宝塔、阿弥陀堂が並び、観音堂がある。右手に式部夢山周回コースの標識があって、階段
の径が延びている。
 幅のある緩やかな階段で、右へ曲がるとその右手が平地になっている。元禄の地震まではここに観音堂があ
ったというところだ。
 山の鞍部に出て左側にも緩い階段の径が続いていて、潮音台と名付けられた展望台に出る。南側、鏡ヶ浦の
眺望がいい。ベンチテーブル、東屋がある。和泉式部の歌碑がある。式部の供養塚ほか古い石塔、石祠があ
る。
 山の鞍部を東へ進むと那古山山頂へ行く。

F 花に囲まれた参道には境内の案内看板がある。

 F−2 那古山から潮音台へ
 那古船形駅→0.10←那古寺駐車場前→0.05←東側登山口→0.10←那古山
→0.05←潮音台

 那古寺の駐車場の奥に本堂がある。その右手にはソテツがあり、千手院がある。その前を通って進むと駐在
所の脇から別の道路に出る。狭い三叉路がある。公民館の方ではなく更に北側、左側の狭い方の道路を東へ
進む。すぐに十字路に出る。幸い、ここには案内標識があって、左折する。アスファルト道路が右へカーブすると
ころの左手に、又標識があって、左手のコンクリート舗装の狭い道路に入る。又、すぐ左手に標識がある。右手
は民家の庭先に入ってしまうところで、左手の段径に入る。
 ジグザグ僅かの段径で尾根筋に出て、那古山に達する。ベンチがあって休憩もできるが展望はない。北へ下
る径もあるが、西へ下ると石の祠を右側に見て水平な尾根径にかわる。右下から緩い斜路が合流すところ、左
手にスタジイ(ママ)と名札の掛かった大木がある。この山が人手の入らなかった極相林だったものだ。左手に
観音堂からの階段径を合わせて尾根筋を直進して潮音台に至る。

F 観音堂の右側に潮音台への階段があります。

 F−3 とれたて市場から那古山、潮音台へ
 那古船形駅→0.10←那古寺駐車場前→0.05←東側登山口→0.05←とれたて市場
 とれたて市場→0.10←那古山
 とれたて市場→0.10←潮音台

 那古寺の駐車場の奥に千手院がある。玄関脇にはソテツが大きい。その前を通り、式部夢山周回コースの東
側登山口へ向かう。アスファルト道路が左カーブしているところ、左手に標識があるがそのまま道路を進むと、
国道127号線のバイパスに出る。
 左折してまもなく左手に広い駐車場があり、その北側に「とれたて市場」というこぎれいな農産物直売場があ
る。奥の右手道路よりに農産物やお土産などの大きな売店、左に喫茶・食堂があり、一番南側が公衆トイレに
なっている。その左手に観光農園の看板が掛かっている。15坪に区切って畑地を貸し出すものだ。2メートルほ
どの幅のコンクリート道路が、奥へ延びている。
 観光農園の中の道路へ入ると、左右に曲がりながら高度を上げる。この道路の終点で、左よりの狭い径に入
るとすぐに二又で右を選ぶ。左側に山の崖をおいて、緩く左へ山裾を巻く。右下に別の径の合流があるが、その
まま左よりに曲がる。コンクリートの路面は、未舗装になる。
 山の字の読める杭の脇を登って行く。二回、小平地へ急登したのちに出た那古山のピークにはベンチがあ
る。きれいな遊歩道が左右に延びている。右へ進めば緩く下って、潮音台への登りと観音堂への下りの分岐点
に出る。
 山の字の読める杭の前には枇杷畑だったと思われるきれいで水平な平地があって、濃い踏み跡が西へ向か
っている。この踏み跡ではなく、1段上の斜面に刈り込みこそきれいだが曖昧な踏み跡が並行して西へ向かって
いる。右下に雑木林の帯を隔てて、枇杷畑が透かし見える。左側は緩い斜面の尾根だ。右前に下からの濃い踏
み跡が合流するが、左よりに登ってくと、そのままきれいな遊歩道に取り付く。那古山と潮音台の中間にあるス
ダジイの大木の前で、右西側へ数歩進むと、観音堂へ下る階段のある分岐点だ。直進すると潮音台に至る。

G諏訪山公園 ○70 (○74)
 館山駅から平群車庫行きバス、又は川谷行きバスに乗車。バス停正木原、バス停亀ヶ原、バス停横峯で下車
する。桜の名所だ。諏訪神社の自然林は館山市の天然記念物になっている。太目のスダジイほかヤブニッケ
イ、タブノキ、カクレミノ、ヒメユズリハ。暖地性植物の北限だということだ。
 G−1 バス停正木原から
 バス停正木原→0.10←駐車場=二の鳥居→0.05←諏訪神社

 バス停正木原から北へ進む。周囲に住宅が減って見通しがよくなると、水田の先に一の鳥居が見通せるよう
になる。道路を道なりに東へ曲がって十字路に出て左へ曲がる。わずか北側で右側の未舗装道へ進む。突き
当たりを左へ進むと一の鳥居の前に出る。参道を登って駐車場への道路を横断する。そのまま参道を登れば
二の鳥居に至る。階段の先コンクリート道を進むが、右側の植木の中には未舗装遊歩道の踏み跡がある。東
屋からは館山湾方向の展望がいい。左へ曲がって諏訪神社の社殿前に出る。
 駐車場への道路を右へ進めば広い駐車場に出る。仮設トイレがあり、ベンチもある。その隅に階段があり、二
の鳥居前に出る。
 東屋の先を直進すると石碑の脇、石祠の脇から遊歩道が東へ延びている。

F 那古観音の観音堂

 G−2 バス停亀ヶ原から
 バス停亀ヶ原→0.10←諏訪神社

 バス停亀ヶ原のやや東よりの住宅地の狭い道路を北へ進む。石段に出てこれを登ると石碑や墓石の並ぶ山
の中腹に出る。新御堂の跡地だ。左へ草を分けて進む水平路には直ぐ分岐があり、右へ進むと金毘羅宮の石
碑の脇を通る。右へ曲がって進むと右側に別の石祠があり、その後ろを通る。林の中の径を緩やかに登って諏
訪神社の前に至る。

 G−3 バス停横峯から
 バス停横峯→0.15←諏訪神社

 バス停横峯から平久里川の右岸の道路を進むとすぐ左に下堀集会所があり、ここで左折、西へ進む。十字
路の一つ西側の斜路を登ると溜池注意の看板がある。堰の右岸から奥へ進むと遺棄農地を横断して石祠の
前の庭に出る。その上に径があって右へ進むと諏訪神社へ至る。 

 G−4 上御狩大塚山 (△94.3)
 諏訪山公園の周辺には低山ながらまだ山があります。前方後円墳があるということでしたが、三角点もわか
りませんでした。
 御狩堰→0.15=0.10←大塚山

 御狩堰南側の丁字路を東へ進んで新興住宅地を抜ける。谷の右岸側の道路になる。最後の民家からやや
急な道路になり、これが左折、右折ののち、林の中で尽きる。この附近から左手の緩やかで下生えのない全
然ない斜面を適当に登る。[段畑跡を思わせる水平な横断段ちを右へ進んだ先に浅い溝径があってこれが上
下の径になっているが、そこまで進むほどでもない]
 マテバシイ並木に囲まれた広い平地に出る。東方向と北方向の並木の合流する角には溝径が接続している。
並木に沿って両方向とも進められるが、すぐに下りかける。竹薮がこの並木に囲まれているが、古墳の盛り上
がりも三角点標石もわからなかった。

G 諏訪山公園の入口 桜の木々に囲まれています。

 G−5 要害山 ようぎ山 ○30
 名前の通りどなたかの城山だったものです。番所のようなものがあったらしいです。南西の角に石塔が並
び、今では南半分は新興住宅地と草原です。北半分は進入不能の林です。南西端には享和三年(1803年)
の寒念仏の文字の読める地蔵坐像、馬頭観音文字塔その他風化の進んだ石塔類があり、北東端が一番高
く、山の神神社があります。
 御狩堰→0.05←山の神神社

 御狩堰南側の丁字路を西へ進む。北側は低山、南側は水田。真南へ進んで水田を貫く2本目の未舗装
道路は ようぎ山の東側を抜ける。幅広い斜路があって一本笠木の鳥居を見上げると石段にかわる。山頂に
は新旧の石祠が並ぶ。ソテツが周りを囲っている。ヨウギは地元の呼称だ。           房総丘陵