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大房岬

全般                 房総丘陵
 JR内房線富浦駅は大変ユニークなデザインの駅舎です。駅前の北側には、これまた、デザインされた公衆トイ
レがあります。駅前から国道までの道はインターロッキングで舗装されています。街灯も枇杷の実を模した、お
洒落なものです。(水仙の花を模したのは南房総市旧富山町) 江戸の守りのために砲台が置かれ、帝都−東
京の防衛の為に要塞が築かれました。戦後直ちに払い下げ運動がなされ、今は樹間に園地の展開する大変手
入れのいい公園になりました。大房(だいぶさ)岬国定公園の大きな看板の先に広い駐車場があって、そこまで
車でこられます。「少年自然の家」もあり、観光ホテルもあります。
 愛宕神社の大楠。高さ18メートル、幹廻り4.65メートル。樹齢500年。駅から国道に出て、北へ曲がって直
ぐのところ。手水屋の裏手にあります。
 旧富浦町営のバス路線は朝夕の通学時以外の便は電話予約制になりました。バス停の標識は残っています
ので、場所の特定に利用します。

◎ 富浦駅西側の愛宕神社 大楠

@大房岬 ○82.2 △79.5
 1.富浦駅→0.25(海岸経由)←急坂道の下→0.10←レストハウス駐車場
 2.富浦駅→0.10(国道経由)←丁字路南→0.10(釈迦寺経由)←墓地の北側→0.15←
レストハウス駐車場
 3.レストハウス駐車場→0.10←第一展望台→0.10=0.05←明神崎
 4.レストハウス駐車場→0.10←ビジターセンター→0.05←第二展望台→0.05←弁天窟
 5.レストハウス駐車場→0.15(南芝生園地≒不動の滝経由)←第二キャンプ場
→0.05(要塞跡地経由)←第一キャンプ場≒第二展望台

 1.富浦駅下車。西側の国道に出て左折し、すぐ次の細い道路で右折する。砂浜の先には海を隔てて、大房岬
の低い緑の森が見える。海岸は海水浴場で、公衆トイレと着替えのハウスが何百メーターかおきに設置されて
いる。いずれも奇麗な洒落たものばかりだ。岡本橋を渡ってからは漁港が岬の手前に見える。山が間近になっ
たところで、左へ鋭角曲がりする。大房岬に繋がる広い道路に出て右折すると、左手には私立大学のセミナー
ハウスがある。道路は急傾斜をカーブして登る。
 左手にこざっぱりした建物を見たあと、左手に分岐する道路がある。公園内のメンテナンス用の道路で少し先
に車止めがある。「国定公園」の大きな看板があって左手に入ったところが無料駐車場で、身障者用のスペース
や観光バス用の白線も引かれている。
 ここは樹林で区切られた広い駐車場で、道路よりの北側にはレストハウスがあり、公園内の案内図もいただけ
る。この建物の西側にはトイレも併設されている。駐車場の一番南側には遊歩道があり、東屋もある。日曜日に
限り、便数は少ないが、富浦駅からのバス便がある。
 2.富浦駅下車。西側の国道に出て左折し、そのまま国道を南下する。この国道が左へ曲がるところ、直進の
県道に入ってすぐ、右手の細い道路へ入る。左右に民家が並ぶ生活道路の左右がやや寂しくなったところ、左
手に釈迦寺がある。旧富浦町の指定天然記念物、マキの大木がある。種別はイヌマキで高さは13メートルも
ある。ただし、境内には壊れかけた小堂があり、これに近づくと危険な状態なのにもかかわらず、何の注意喚起
処置もなされてはいない。本堂の前で堂外から御本尊を敬拝したければ、「ゴミは持ち帰れ」の貼り紙、二枚を
拝んで、それに替えたい。
 大房岬に至る広い道路に出る。右折すればそのまま道路で岬へ行かれるが、ここでは左折して、すぐ向いの
西浜へ行く狭い道路へ入る。右手に狭い急傾斜の道路があり、これをあがる。もし、行き過ぎると右手に墓地が
あり、左手には西浜の集落の住宅が並ぶところだ。
 コンクリート舗装の狭い道路で、右手に浅間神社がある。左手に別荘があり、ここまでの道路は更に狭くなる。
その別荘の西側に隣り合って狭いコンクリート舗装の急な坂道がある。これが大房七面山(しちめんざん ○6
0)の分岐で、草木が覆い被さっていて、とても通れない。その奥には建築途中で放棄された大きなお堂と、大木
の下に傷んだ社がある。大きなお堂の前からは東側に展望があるが、笹竹越しだ。
 七面山の分岐からは道路の脇、左右からマテバシイの枝が道路にかぶるようになる。右手下に、大きな建物
の屋根が見える。私立大学のセミナーハウスだ。広い道路に合流する。左手にはライオンズベイ60という建物
がある。左手に分岐する道路があるが、公園内のメンテナンス用の道路だ。「国定公園」の大きな看板があり、
広い無料駐車場がある。

@ 多田良海岸から漁港と大房岬

 3.駐車場のレストハウス脇の道路は、広いまま続いているが、これは観光ホテルへ行く。右へ分岐した狭い道
路を進む。一般車通行止めの看板がある。右手の梢越しに富浦の海が見える。左に「少年自然の家」のメンテ
ナンス道路を見た先には、大きな看板がある。舗装道路は左へ分岐して「家」の玄関を経由してビジターセンタ
ーへ続いている。右側の道路は、左手の野外炊飯場の脇で、左へ分岐してやはりビジターセンターへ向かう。
 右手へ進むと広い芝生の「運動園地」に出る。左手の林の中に径が隠れていて、その中央に展望塔がある。
高さは15メートルの大変立派なもので、、全周の展望が眺められる。富士山も見られるが、真正面には高くなっ
たシイの木が邪魔をするので、少し脇に寄ればいい。各方向に展望図があるのは嬉しい。「運動園地」の西側に
は要塞跡の地下倉庫があり、奇麗なトイレと東屋もある。園地の北側には第一展望台がある。崖の肩に北側が
展望できる舞台が造られている。その右手の樹木の下には急な下りの段径がある。下りきると明神崎の磯に降
りられる。段径ではあるが、かなり急な径なので注意したい。
 4.駐車場の南の外れには遊歩道と東屋がある。駐車場の南西の角から下りの段径がある。幅広く緩やかな
径だ。右手の林越しに観光ホテルが見える。左手には海岸園地へ行く分岐があるが、そのままゆるい斜路を下
る。鞍部で左へ分岐しているのは南芝生園地への径だ。きれいな石段を登ると、林の中で別の径との丁字路に
出る。左へ折れて下ると、舗装道路に出る。
 道路を右へ折れると、左右に湿地がある。地層の傾斜の関係で、この付近に湧水があり、池を造り、小川が
流れている。この水は南海岸園地の不動の滝へ流れている。道路は左右にカーブしてビジターセンターへ至
る。ここには大房岬の展示物がある。ビジターセンター前、南側の径はさらに第一キャンプ場へ通じている。こ
のキャンプ場の入口を右手へ曲がって行くと第二展望台に出る。ここにもトイレがある。展望台の脇から緩い
傾斜の径が下っているが、すぐに急な段径になる。右手に水平な分岐があり、その先が弁天窟の入口だ。中
には小さな祠が二つある。穴は奥へ続いている。
 分岐を左へ下ると磯に出る。磯伝いに北側へ進むと増間島の前に出る。人か猿かの横顔を思わせる岩山だ。
増間(南房総市旧三芳村)の川中島に水神社を祀っていたが、ある時、大水で、これが島ごと流されてしまっ
たという。深く信仰していた神様だったので、下流へ探しに出かけた。河口からも離れた大房岬の西側に「よく似
た島」を見つけ、綱を巻いて引いて帰ろうとしたが、あまりに島が大きくて諦めた。増間の馬鹿話の一つの舞台
だ。島と岬の間には磯が続いている。立ち位置を少々ずらすと、遠く富士山を小さく配した奇観が眺められる。
 5.駐車場の南西の角から下りの段径があり、これを下る。すぐ左手には海岸園地に行く分岐があり、これを
下る。舗装道路に出る。駐車場に入る手前で左に分岐していた道路だ。右に折れると左後に分岐する道があ
る。海岸園地に至る道で、芝生の園地の東端には東屋があり、その先から南けい船場に出られる。
 南芝生園地の東外れのトイレに出る。左後に遊歩道があり、これに進むと小さな橋があり、磯遊びの浜に出ら
れる。最近でも不発弾が見つかったという海亀の産卵地だそうだ。南芝生園地には東屋があり、道路から左に
外れた奥に不動の滝と行者窟がある。以前はここにはかなり立派な堂があったようだ。道路の北側にも芝生が
広がり、「山」の中に通じる径がある。道路の左手には第二キャンプ場への段径が登っている。
 道路の先左手には要塞時代の発電所跡があり、汚水処理場がある。払い下げ記念碑−終戦後まもなく、この
軍用地を戦後の復興に役立てらられないかと考え、払い下げ運動に尽力されたことを標したものだ。右手に
「山」から下ってくる径がある。道路はビジターセンターに至る。
 発電所跡の左手脇にある段径を登ると第二キャンプ場でトイレがあり、炊事場もある。ビジターセンターの南西
に広がる芝生の広場の南端を通って要塞の跡地に出る。要塞は探照灯格納庫で、一周できる。第一キャンプ
場の先には第二展望台がある。
 ここで紹介したほかにも細かい道(径)や東屋がある。ただし、売店、自動販売機(ジュース類のみレストハウス
脇にある)、ゴミかごなどは無いので、そのつもりでいたい。
 大房岬の三角点は道路がレストハウス駐車場にさしかかる東側で,北側へ分岐する舗装道路へ入る。携帯電
話のアンテナ施設が左側にあり,道路は右へ曲がり,配水施設に突き当たる。この右へ曲がる箇所、左手の草
の中にある。

@ 大房岬駐車場

A里見公園 ○50  聖山 ○70
 岡本城跡の西側は里見公園として整備されて、2012年1月24日、国史跡指定を受けました。本丸のほう
は、聖山(ひじりやま)で、枇杷とソテツの畑になっています。
 1.富浦駅→0.05←聖山踏切→0.10=0.05←枇杷畑の鞍部→0.05←里見公園北端
 2.富浦駅→0.05←聖山踏切→0.15=0.20←枇杷畑の鞍部→0.05←里見公園北端
 3.富浦駅→0.10←国道側の登山口→0.10=0.05←里見公園→0.05←里見公園北端

 1.富浦駅の北側にはユニークなデザインのトイレがあり、そのまま線路に沿って公園が続いている。JAの附
近まで公園内の通行ができる。聖山踏切の西側で道路は左にそれる。「老人憩いの家」の西側の道路には学
芸大学附属小学校富浦寮の案内標識があり、寮の方へ進む。右手に里見公園への標識が寮の手前の崖にあ
る。入るとコンクリートブロックの段径になる。寮のフェンスに沿って登ると鞍部に出る。右側にはコンクリート舗
装の道路があり、左手には里見公園のへの案内標識と細い段径がある。※その急な段径を登ると、すぐにベン
チの並ぶ平地に出る。桜の並木の中にトイレがあるが、少し傷んでいる。
 水平な尾根を進むと左側に下りのコンクリート径がある。尾根筋の先には石碑と石仏が並ぶ。更に進むと、岩
の露出したところに出て、海側が展望できる。その僅か先で尾根筋は行き止りだ。
 2.駅の北側の聖山踏切を東へ渡る。道路を東へ進んですぐに、左側にあるコンクリート舗装の狭い道路へ入
る。一般道路ではなく、枇杷畑用の農道だ。ビニルハウスの並ぶ丁字路、東電柱深名192柱の付近で左へ曲
がる。すぐ左に分岐する真新しいコンクリート道路に入る。東電柱深名211柱。谷の中を進む道路は高度を上
げ、左西へヘアピンカーブする。ここで東へ進むと北側の尾根の鞍部の池に出る。桝ヶ池といい山城の水場
だったもので、今は枯れ葉や小枝に埋もれているが、かなり深いものだそうで、奇怪な伝説もある。
 道路の直ぐ西、小さな切り通しには横穴がある。これは覗くだけにしておこう。左に尾根を置く道路になる。城
跡の堀切を畑道にした分岐があるが、道なりに直進する。左手の尾根の岩の斜面に細い道路が切られている
のを見てこれを登ると、枇杷の枝をかわして最上部に出られる。小さな石祠がある。周囲はソテツの畑で切開か
れているが、それより低い位置から生えているシイの木が高くて、展望は無い。
 里見公園とを隔てる鞍部に出るとコンクリート舗装の道路は尽きる。ここまで周囲は枇杷と蘇鉄の畑だ。里見
公園への案内標識と細い段径がある。以下前節と同じ※
 3.駅から国道に出て右折し、国道を北上する。富浦小学校の押しボタン信号のところで東へ曲がれば、学芸
大学附属小学校富浦寮側の登り口に出る。
 そのまま国道を進む。右側に稲荷神社を見たあと、国道へは崖が迫っている。左手には里見公園への看板が
ある。尾根の北側に東へ折れる道路があり、これへ進む。トンネルの手前に里見公園への案内標識がある。急
な階段を登る。切り立った崖に狭いコンクリートの斜路が作られている。一回折り返すと里見公園に出る。右側
がベンチと桜の広場、左側が石碑と石仏だ。
 国道のトンネルの北側は潮入橋で、川の左岸に沿った道路で海に出る。川を渡った北側には海水浴客用の
公衆トイレ(豊岡海岸公衆トイレbP)がある。こざっぱりしたものだ。里見公園のトイレが使用できない時は、僅
かな距離のここがいい。
 バス停豊岡は潮入橋の北側にある。

A 里見公園 国道側の登山口

B尻無坂 ○50
 国道の坂下(さかのした)隧道上の尾根は西側の海岸、法華崎まで迫っています。昔、南北交通のため、この
尻無(しりなし・しんなし)坂と西寄りの小三郎坂が使われたそうです。
 富浦駅→0.10←里見公園国道側の登山口→0.10←日枝神社東の分岐→0.10=0.05←
尻無坂の峠部→0.10←尻無踏切西→0.05←一ツ橋大学臨海寮入口国道分岐→0.05←
バス停七面山入口

 駅から国道に出て右折し国道を北上する。国道には崖が迫り、左手には里見公園を案内する看板がある。尾
根北側の道路を東へ進むと、右手に里見公園への案内標識がある。これを見送って、トンネルを抜ける。道路
を右東へ進み、防犯灯002−061の角で北へ入る。日枝神社を左手上に見た先、線路との中間に左手上へ
の上り坂がある。大型のコンクリート製排水溝を伏せた「龕」が並び、その中に石塔類が多数並んでいる。モノ
レールに沿って、潜って、急坂を上る。傾斜が緩んで東向きになると、JR線尻無トンネル南側の線路が真上
から眺められる。そのわずか東側が尻無坂の峠部だ。
 尾根筋をそのまま進めば浅間大神の石碑、ステンレス鋼製の鳥居を経て、二つの石祠の並ぶ山頂に至る。西
側に出れば好展望が得られる。峠から北側に下りかけると右側に幅の広い道が下っているが、左手の緩い下り
の細い径を下る。
 バス停七面山入口の南側、国道の東側に一ツ橋大学富浦臨海寮入口を示す標識があり、東へ進む。(東電
柱南無谷1柱)線路とは水田を隔てた西側の道路を南へ進む。尻無踏切の西側に右手への山道が分岐してい
る。遺棄された水田の谷、左岸の径を奥へ進む。最奥から二枚目附近の水田跡の平地に左手へ分岐する踏み
跡がある。左手に進むと、右山の緩い登り坂を進む。登り着いた尾根筋が尻無坂の峠部で、左へ尾根筋を登れ
ば二石祠の並ぶ小ピークで西に展望がいい。右へ進めば足元に線路を眺めて急坂を日枝神社へ下る。水田跡
の谷をそのまま進めば、小さなV字の谷を詰めて尾根筋に出る。十字路型に踏み跡があり、左手は下生えの少
ない幅広で水平な岩尾根になっていて、大勢の「展望会」にも利用できる。右手は●82のピークに通じる。この
●附近には石積みが見られる。宮ノ台遺跡の一部だ。西は久保隧道の上へ至る。この付近は岩尾根から展望
を楽しむだけで戻るのがいいようだ。

C 七面山 国道にある標識

C七面山 ○70
 山上に七面山天女堂があります。年二回、儀式があるそうです。
 富浦駅→0.10←里見公園国道側の登山口→0.15←一ツ橋大学臨海寮分岐→0.05←
バス停七面山入口→0.15←階段の下→0.10(天女堂経由)←奥の院

 駅から国道に出て右折し、国道を北上する。途中のトンネル坂下隧道は入口に電光掲示板がある。大型車接
近とか対向車への注意事項が表示される。歩行者には広くはない。押しボタンを押してからトンネルに入れと標
識がある。これを押すと「歩行者があるので注意」という表示がされる。右側に妙福寺の入口を見た先、西側に
七面山への案内標識がある。右折して狭い道路に入る。突き当りの丁字路には左折の標識がある。左折のの
ち緩く右へ曲がる。海光寺への道の左側には数本の大木がある。しかし、更に左側は崖で切れ落ちているこ
と。こちら側は舗装道路という厳しい環境だ。海光寺の門前では右へ曲がって行く。線路をガード−南無谷(な
むや)架道橋で潜る。左へぐるりと廻って、今しがたの道路の上を線路と並行して南へ向き直る。
 左手に民家のあるところで左折する。周囲は畑の多い谷の道になる。灯篭と小さい階段の下には由緒の書か
れた看板があり、水もある。急な長い階段が一直線に延びている。又、右南側にはセメントで滑り止めがされた
斜路が延びている。この斜路の途中には右手に分岐する短い径があり、小祠を拝した突き当たりが展望台にな
っている。
 堂内は閉ざされて、中は見えない。右側に急な階段とセメントの斜路があり、更に上へ進める。狭い尾根筋に
ベンチが有り、北側に展望がある。奥の院があり、更に奥へも進められる。最上部と思われるところには、やは
りベンチがある。更に踏み跡は続いているが、ソテツ畑が見えるところを限度として戻りたい。山崎七面山。

D峯坂谷・おもんじ谷 松尾神社 ○40
 古い遺構が山の斜面に残っています。富浦の文化第4集、館山と文化財第35集。
 富浦駅→0.05←(旧富浦町役場=)南房総市役所前→0.10←バス停葉月→0.05←石灯籠→0.10←
尾根筋→0.10←丁字路→0.05←大日像→0.05←石灯籠(一周)
 バス停葉月→0.05←松尾神社

 南房総市役所の北側の道路は東へ向かって南へカーブしている。バス停葉月の僅か西側の狭い住宅地の道
路に入る。右手は地区の共同墓地になっている。左右が農地になって見通しがよくなると、丁字路に大きな石灯
籠が一基建っている。萬延元年(1860年)のものだ。くびれた胴部の四面には金毘羅大権現、松尾大明神、秋
葉大権現、出羽三山の文字が一部欠けながらも、読める。
 石灯籠東側の道路を北へ進む。これが右へ曲がる尾根に細径があり、これを登る。小さく折り返すと、天満宮
の銅葺きの小社がある。山径のまま進むと先ほどのコンクリート舗装道路に合流する。30センチほどの高さの
苔生した石塔が立っている。文字は読み取れないが山の神の石塔だそうだ。そのまま東へ進むと尾根筋で道路
は尽きる。南東へ巻く径もあるが、尾根筋を北へ進む。小ピークを経て、東への尾根は見送って、北へ痩せ尾
根を進むとコンクリート舗装道の終点に出る。東側の斜面は果樹園だ。山の急斜面に突き当たった丁字路は左
西へ下る。
 石灯籠西側への道路は次の丁字路で北へ曲がり、さらに次の二又は右へ進む。道路東側は斜面の果樹園
で、西側は急な斜面の果樹園だが小さな径がある。二つの洞は浅く壁龕程度のものだが、中は空だ。その上
へ進み左手尾根筋の南端へ進むと役の行者像があり、石祠だったと思われる石が二基分重ねられている。そ
のまま尾根筋を北へ進む径は避け、一旦道路に降りて北へ進む。三つ又の左斜面の岩肌に階段が刻まれ、大
日如来坐像と出羽三山の石碑が並んでいる。北側の斜路を進むと左手には果樹園の斜面が広がり、その中へ
進む道路が二本分岐している。東へ向いた道路の北側は山の急斜面になり、南へ道路が分岐する丁字路にな
る。東へ道路はまだ続いているが進まない。
 この石灯籠北側の斜面が峯坂谷だそうだ。その昔どこかに文殊堂があって、おもんじ谷とも呼ぶそうだ。三角
点122.4 床城城跡への道は近いが山越えが必要だ。
 バス停葉月の僅か東側の狭い道路に入る。右側に参道があり、石鳥居とコンクリート階段が見える。中央に
はステンレス鎖の手摺りがある。ベンチのある中段で北へ階段は向き直る。松尾神社の質素な社殿の前は広
場でベンチもあり、西側には館山・富浦方面の素晴らしい展望がある。社の西側が今一つ高い。約40メート
ルで、スダジイも太い。

E床城城跡 △122.4
 富浦駅→0.05←(旧富浦町役場=)南房総市役所前→0.25←床城城跡

 南房総市役所の北側の道路は東へ向かって南へカーブしているが、左寄りに直進し、北へ左折する。稲荷社
のある丁字路を東へ右折する。突き当たりを左へ曲がると黒御影石の林道記念碑があって、「望」の字が刻ま
れている。
 コンクリート舗装道になって坂を登る。枇杷畑、夏蜜柑畑、ソテツ、ハランなど入れ替わり周囲に現れる。モノレ
ールのレールも各所に見られる。マテバシイの山を左に巻いた先、道が下り始める手前が一番高い。東に海が
遠望される。
 西側の林の中、下生えの少ない枯れ葉の下に三等三角点南床城(みなみとこしろ)がある(筈だが、コンクリー
ト製の杭しか見つけられなかった)。

F宮本手代遺跡
 富浦駅→0.05←(旧富浦町役場=)南房総市役所前→0.25←バス停真瀬口→0.30←分岐のピーク
 バス停真瀬口→0.15←バス停宮本神社前←0.15←分岐のピーク

 南房総市役所の北側の道路は東へ向かって南へカーブしている。高速道路高架の下、バス停真瀬口より更
に東へ進む。左手に枇杷畑へのコンクリート舗装の斜路がある。(東電柱丹生185柱)左手への分岐を見送っ
て、枇杷畑の山頂に至る。害獣避けの金網を避けて北へ進む。西側の枝尾根への分岐を避けて尾根を辿る
浅い溝状の踏み跡が続く。踏み跡自身に下生えの多いときは、これを僅かにはずした位置でも通行が可能だ。
 バス停宮本神社前ではその西側にもう鳥居が見えている。石段を登ると、右から大黒天像、不動堂、神社社
殿が並び、その左端に細いが確実な踏み跡が社殿、堂宇の裏手を登る。尾根筋に達すると、境木の並木の左
手に踏み跡が続く。巻き径の分岐は直登方向へ進む。平らなピークに達して左南方向に進む踏み跡が続く。
 房総丘陵